石崎アイ 〜 生い立ち 10 〜
五、ガラスの国境
アイは先生たちが用意してくれた着替えを持って入浴して入っていくと、浴室プールになっていてお風呂に入った後、プールで泳げるようになっていました。 浴室の担当になった保母さんは、2人ぐらいで水着を着て子供たちと一緒に入ってみんなの体を洗ってくれたり、 温浴プールで訓練の指導をしていました。 アイは自分も体が不自由なのに、いけないと思いながらも、ついみんなの体や動きを見てしまいました。
それは生きているものの習いでしょうか?言葉や表情や相手の気持ちを決めてしまう。 しかし、人間には知識と判断力というものが生かされているのです。 お風呂で体が温まると、自然と気持ちまで和らいで、不思議と楽になっていきました。 アイはみんなとお風呂に入り、裸の付き合いから始まっていったのです。 そして、アイは早くみんなと仲良くなりたくて、自分からみんなの中に溶け込んでいきました。 お風呂に入って体を洗ってもらった後、アイは恐る恐る浮き輪をつけてプールへ入っていくと、みんな知らない子供たちだけれど、それぞれに声をかけてきてくれたのです。
「アイさんこっち。 おいで、怖くないよ。 ねプールは初めて、ほらね怖くないでしょう 」
みんなは先生の指示に従って、アイの手を引いてくれて、プールで泳がせてくれました。 両足が大腿部から切断されて、足のない人もいました。 アイは思わず、足がないと思ってびっくりしてしまいました。でもその子は義足をつけながら、 なれなれしく自分のことを話して聞かせたのです。 それは小さいときに親の不注意でコタツでやけどを負ってしまったというのです。アイはかわいそうにと思ったけれど、自分と比べてみても、義足をつければ歩けることだし、 体そのものは普通なので、とてもうらやましいと思いました。 股関節脱臼で手術を受けた人たちにも同じように思いました。 そして、主にこれから手術をする人や手術をした人たちが多かったのです。
石崎アイ 〜 生い立ち 9 〜
「嵐に耐える白百合」
そしてアイは草を取りに出て行って帰る途中で大雨に当たってしまったのです。
雨宿りをするところもなくて、大きなクルミの木の下で雨が止むのを待っていながら、いろいろなことを考えました。
弟や妹が学校の帰り道に雨が波降ってくると、
両親は傘を持って迎えに行くのに、
アイがびしょびしょ濡れになっていても、誰も迎えに来てくれませんでした。
アイは悲しい気持ちになっているとはるか先に見える家並みに
風と雨にさらされながら白色の花が揺れていました。
アイは自分の生き方をあの白百合に似せて考えずにはいられなかったのです。白百合が凛々しい姿に見えて、自分も下向きの姿勢で、
強く明るくたくましい人生を歩みたいと思いました。
敬一は自分が良いことをしていると気がつき、楽しみが湧いて、
得意そうに言いました。
「ねえやん、水沢先生から手紙だぞ。先生なあ、明日授業終わってから家に来てくれると!」
水沢先生は特別に家に来てくれて、アイとともに家族にまでも教育してくださいました。そして水沢先生は、教育者の立場から家庭のしつけから愛情面いろいろな面からを話してくださって、
家族の考え方も変わってきて、特に両親の考えが変わってきたのです。
勇気と正義感を人に教え、自ら行動を示すことはなかなか難しいことです。
まつ江は信仰者の人たちからアイのために心を信仰に向けた限り、
そのことを大事に思わなければ、一家は救われていかないことをそ言われていました。
常に感謝の心を忘れずに持ち続けていることが何よりの救われる道だとよくよく聞かされていたのです。
そしてまつ江は自分は不幸だと思わないで、家族の安泰になるように祈ることが幸せな境涯を導くことだと聞かされていました。
人間誰しも危機が迫ってから、真剣な心や素直な心がよみがえるものです。
石崎アイ 〜 生い立ち 8 〜
4、アイの旅立ち
水沢先生は女性だけれど、活発でたくましく厳しさあり、優しさもあり人間性からいっても教育者としても立派な指導者だと思いました。
こういう人間性のある先生に、身近に勉強を教えてもらえることはとても幸せなことでした。
水沢先生に認めてもらえたことで、ある面では、アイはとても恵まれていました。
アイに日記を毎日書かせて、敬一に学校へ持たせるようにと言ってくださったのです。
水沢先生の熱い志と敬一が中心になって、「動く教室」になってくれたので、
おかげでアイは、国語、算数、理科、小学校4年生までの勉強を学ぶことができました。
アイもだんだん大人になりつつ、自分の心でいろいろ年前からを学び取っていたことで、考え方も行動も全て素直すぎるほど素直な性格でした。
それは母親譲りのところもあって仕方がないことかもしれません。アイも自分の意見を言えるようになったので、家族はアイを生意気だとか、肩輪者だと見るようになって、みっともないとまで言われるようになりました。年頃になったアイは、まともに見てもらえない自分がとてもつらくなってしまい、一生大きくならないで、白雪姫の小人のようにいられたら良いと思っていました。当時の人たちの考えは、体の不自由なものを公に出したくないという考えでした。世間の目障りだと考えていた人たちが多かったため、障害者は外へ出ることを恐れていて、おそらく人並みに見てもらえる人は少なかったのではないかと思います。そして、アイも他人の目からジロジロ見られることがとてもつらくなってしまったのです。福祉関係の人から役場の人たちに、アイは初めて「障害者」という言葉を聞きました。妹の和泉も大きくなって、アイは和泉と楽しく遊んでいると父親が来て、和泉にかわいいよ洋服を買ってくれたと言って、妹の和泉を抱いて連れて行きました。アイにも何か買ってくれてあるかと思い、喜んで行ってみると、アイのものは一つもなかったのです。とても悲しくて、アイはその場にいられなくなり、畑へ行って思いっきり泣きました。そんな気持ちを誰がわかってくれようか。アイは誰にもわかりっこないと思いました。母、まつ江は母親でありながら、父親と一緒になって、アイに嫌味を言うようになったのです。アイも負けずに口をきくようになったので、まつ江はだんだん面白くなくなって、アイに言いようもなく、最初はいつも、おめえの親父は馬鹿でな。と始まるのです。そしてクドクドと口話が永遠に続くので聞くのが嫌になりました。まつ江は自分自分の我が子であるアイに普通では考えられないことまで言ってしまうのです。
「アイ!お前も女だ、いいか、女の子はなあ、月経っつうものが来るんだ。月経があるようになったらどうするだ」学校へ行かれなくなったアイは母親しか教えてくれるものがいなかったのです。まつ江の言葉は、母親として考えられない言葉を言ったのです。お前みたいなものは月経になったらな、尻から血でも垂らしながら村中這って歩けぇ!これまで言わなきゃわからねんだ」そしてまつ江はアイを家の厄介者とまで言って、まつ江はその場を去っていきました。アイはいくら憎らしい子供であっても、あんまりだと思い、悔しさとか悲しさで泣きました。母親から思ってもないことを言われて腹が立って負けずに言い返しました。「そんなににくかったらなぜ殺さなかったんだ。首を絞めて殺しちゃえばよかったんだ。今更何を言うんだ。今言ったことはな母親の言葉じゃねや!」母まつ江はアイに言われて驚いてしまい、言い訳をしながらも、アイのせいだと決めつけていました。小さい頃から母親や父親に嫌なことを言われ、心に傷をつけられてきたアイはおかげでとても強くなりました。しかし、アイは非常につらくなってしまい、なぜ母親が嫌がらせを行ったり邪魔をにするのか、自分が惨めに思えて、水沢先生に手紙を書きました。水沢先生は、アイに励ましの言葉でしっかり返事を書いてくださったのです。「アイちゃんも苦労して大変だったんですね。精神を鍛えた人は強いですよ。何事にも負けない立派な人です。先生もたくさんの苦労を味わいました。あなたのように頑張っている人は素晴らしいと思いますよ。苦しいことがあるから頑張ることができるのです。先生、楽しみにしています。頑張った後は、とっても清々しい良い気持ちになれますね。先生、今のところ忙しいけれど、アイちゃんのために頑張って、必ず会いに行きますからね。それまで待っていてください。それではお会いする日を楽しみにしています」
水沢先生にわかってもらえたことで、アイはとても嬉しいと思いました。
石崎アイ 〜 生い立ち 7 〜
「愛を求めて死を選ぶ」
アイは心の迷いから半分やけくそで、何かお手伝いでもしてやれと思いました。
祖母は、庭のアンゴラウサギを飼っていたので、金網越しに1本の草をやると、ポリポリとおいしそうにウサギは耳を立てて喜んで食べたのです。
アイはだんだんウサギが可愛くなって餌をやらずにはいられなくなったのです。
うさぎに餌をやりたいために、思い切ってウサギの草取りをやることにしました。
車椅子に、コシゴと鎌をのせてでこぼこ道を歩くのは、アイにとって必死の思いでした。
そして草を取ってくると、祖母が喜んでくれるので、アイはますます頑張るようになりました。
いつも心に希望を持って自分を信じて満足しながら、夢に向かって大きくなれば、絶対に歩けるんだ、勉強して偉い人になるんだと思っていたのです。
アイは最初、近いところで間に合わせようと、何も構わずに草を取っていました。
「アイちゃんダニー!お手伝いできるようになっただかい?良かったにぃ!」
まわりの人たちはびっくりしてかわるがわる声をかけながら通り過ぎていきました。
父省吾は敬一に小遣いをやるから、アイと一緒にウサギの草取りをやるように言いました。
「敬一、遊んでばかりいねで、ねえやんちウサギの草取りでもしろ、いいか!」
敬一は学校から帰ってくると、遊びたいの我慢して仕方なくアイと一緒に車椅子をしながら、
田んぼや畑草狩りに行きました。
「これがうちの田んぼ?」
アイはびっくりすると敬一はそっけなく答えたのです。
「そうだよ、ねあんはどこで草を取っていたんだ、馬鹿だなあ。
あれはよその家のものだぞ、黙って取れば怒られるぞ!」
アイは困ってしまい悪いことをしたと思って夕食のとき、家族の人に聞いたのです。
すると、父親はアイの気持ちもわからないで笑いながら言いました。
「そんな少しぐれぇなこと、どうってことねさ、敬一がわかっているわな」しばらく続けた草取りだったけれど、敬一は飽きてきたらしく、どこかへ遊びへに行ってしまったのです。「俺小遣いなんていらねよねもらっておけ!」
アイはまた1人で草取りをやらなければならなくなりました。両親は子供たちを遊ばせる前に必ず仕事をやらせるという考えでした。敬一は、次の仕事に鶏を飼うことを父親から命令されてしまったのです。アイと敬一はいつも父親の様子を伺いながら育ってきました。毎年4月頃から10月までは、田んぼのあぜ道や、畑の土手に這い登って、雨が降っても風が吹いても草取りは続けました。冬の間は母親が桑の葉を取っておくので干し草と混ぜてお湯や水で湿らせて、ジャガイモと野菜のくずを細かく刻んで、ウサギの餌にしていました。冬になるとアイの手は、ひびやあかぎれでいつも血がにじんでいました。かわいいウサギの子供を増やし、ずっとの家を買って、売れたお金で下着下着や靴を買ってもらうつもりで一生懸命仕事をやりました。しかしお金は父親が、全部まとめてしまい専門もらうことができませんでした。父省吾の考えは、アイは家にいるので、どんなボロでも切れればいいということでした。アイは非常につまらなくなって生きているのがつらくて嫌になってしまったのです。お小遣いはもらえず、着るものも買ってもらえず、アイは悲しくて死にたくなりました。厳しさに負けてくじけそうになると祖母が言っていたあの言葉が、アイの耳の奥にくっきりと残されていて、いつも励まされていたのです。
「タンポポのような根強い良さと辛抱強さだぞ」
アイは子供ながらにいつかきっといいことがある絶対にあると思っていました。祖母は、老齢年金4ヶ月で2000円足らずのお金でアイに下着や靴用靴を買ってくれました。貼って草取りをしているので、アイのズボンの接ぎだらけ、祖母は針仕事に大忙しでした。月日が経って、アイは12歳の春を迎えて、今年もウサギたちが、アイが一生懸命取ってくれる新しい草を待っているようでした。鎌とコシゴをつけて、車椅子を押しながら農道へ出ていくと、桜の花が満開でした。アイは田んぼでお花見ができるなんてとても嬉しいことだと思いました。夏になると両親は毎日休みなく蚕を飼って桑採りで大忙しです。それに父親はいろいろな家畜を飼っていて、蚕を飼うことは主に母親でした。金銭経済全て父省吾が賄っていたので、家族は誰も自由にならないのです。「まぁず、こんなに一生懸命苦労してやったって一戦にもならねだからな。つまらねもんだに」まつ江はぼやき続けていました。当時、社会行政が厳しい世の中だったので、生活先ずの生活の貧しい人たちが多かったのです。蚕が終わると両親は妹を連れて、村の人たちと1年に1回の秋の慰安旅行に行くのです。両親もいないし、誰にも見られないアイには良いチャンスだと思いました。祖母ミツは夕食を済ませ、アイと敬一に行かせたのです。「今夜はな、父ちゃんも母ちゃんもいねからな、いい子で寝ろよ」アイは寝たけれど夜中に目が覚めてしまいどうしても眠れなくて、暗闇を抜け出して父親がいつも使っているお農薬の場所をわかっていたので持ち出しました。生きているのがつらくて、もし死んで天国へ行ってゆっくり眠りたい、楽になりたいとそんなことを考えながらアイは思い切って毒薬を飲んで死ぬことを決めました。家から1kmぐらい離れた桑畑までアイは張っていき農薬を飲もうとしました。
けれど、アイの力では農薬の瓶のキャップが開けられなくて飲むことができませんでした。そのうちに眠くなって、アイは畑の中で眠ってしまいました。そしてまだ薄暗い夜明け頃に、どこからかアイを呼ぶ声が聞こえてきたのです。周りの騒がしさに目が覚めたアイは、自分が桑畑家で寝ていることに気がつきました。「ばあちゃん・・」思わず泣き出しました。近所のおじいさんおばあさんたちが心配して集まってきました。「おおいたいた、こんなところにいやしたはい、アイちゃん駄目だに」祖母は安心したように、アイを抱き、みんなに頭を下げ、よくお礼を言いました。「ありがとうごわした。申し訳ねだがこのことは、アイのために、うちの若えもんには黙っていてくれやせんかな」祖母はまつ江や省吾の耳に入るとアイが怒られてかわいそうな目に遭うということでみんなに口止めをしたのです。「わかっていますよ、みんなわかって癒すからな。おミツさんも大変ですやな」みんなは気の毒そうに去っていきました。そして祖母はアイが持っている農薬の瓶に気がついたのです。「こんなものをどうしたんだ、こんなものを飲んだら死んじまうぞ馬鹿め!」祖母は泣きながら怒ってアイの手から農薬をひったくってポケットに入れました。「馬鹿者、つまらないことを考えるじゃねわ、子供のくせに!アイが信じまったらな、誰も喜びやしねだぞ、喜ぶのはカラスぐれぇのもんだ!」アイは泣きながら祖母に背負われて家に帰ったのです。祖母は涙を拭きながら一生懸命アイに言い聞かせました。「いいか、人間は死ぬ気になったら何だってできる。死ぬ気で一生懸命生きろ。命を粗末にするものがあるか、いいか、バアヤンが死んでいなくなっても、お前はしっかり生きていかねばならないんだぞ、わかったな」アイはこのときから根性を入れ替えて自分自身の生き方を考えたのです。そしてアイが考えているうちに、弟敬一が教わっている小学校の水沢先生が家庭訪問に来て、アイを見て勉強特別に勉強を教えてくれると言ってくれたのです。周りの人たちや福祉事務所の方たちが心配して進めてくれる児童福祉施設に入ってみようかと思ったけれど、しばらくの間水沢先生に勉強をおそわろうと思いました。
石崎アイ 〜 生い立ち 6 〜
3、たんぽぽの冒険
ポカポカ暖かい春日和で、アイは縁側で日向ぼっこをしていました。
すると小鳥のさえずりが聞こえてきて、真っ青な大空を小鳥たちが飛んでいたのです。
気持ち良さそうに空を飛んでいる鳥たちを見て、アイはとても羨ましくなりました。
小鳥のように羽があって空を自由に飛べたら楽しいだろうな。
そんなことを思いながらアイは、
庭先に咲いているタンポポの花を見つけました。
お日様の光を浴びて金色に輝いてたくましさを出しているように見えました。
タンポポの横にスミレの花がかわいらしく寄り添うように咲いていて、清々しい風に吹かれて揺れていました。
心の優しいアイは目に見えない自然の何か不思議なものを感じていました。
偉大な力、素晴らしさすごさがあることを肌で感じ取っていました。
アイは自分の手で、タンポポの花に触ってみたくて、土の上を這い出しました。
するとどこから
フワッと風に乗って花のいい匂いがしてきました。
アイは眠くなって、花の香りに乗って綺麗な花の国へ行ってみたいと思ったのです。
そしたら祖母がアイを心配して探していたのです。
「これ、どこまで這っていってるだぁ!ベト(土)だらけになるじゃねか!」
アイは自然と戯れて、
祖母が来たので、思わず聞きました。
「ねぇばあちゃん、綺麗な花の国ってある?アイ行ってみたい、行ってみたい!」
祖母は忙しかったのか、面倒くさそうに少し怒ったように言いました。
「そんなものあるわけねじゃねか、馬鹿め!」
祖母にそっけなく言われて、アイは目を閉じてしまいました。
そして父省吾がアイのために竹で松葉杖を作ってくれたので、杖を使って松葉杖と、転んだり起きたり、一生懸命歩く練習をして一歩一歩歩けるようになりました。
アイは、泥まみれになっても、車椅子から離れて歩こうと頑張りました。ふと見ると、タンポポの綿毛が1本風に吹かれてふわあっと舞い上がりました。そして田んぼや畑に回っていったり、古い小屋に舞い上がったりしていました。あっちこっちの古い小屋の屋根に、それは田んぼのハゼ棒を入れておく小屋です。タンポポの花が咲いていて、まるで小屋が花かんざしをしているように見えました。
私はどこまで飛んでいくのかなあ、 アイは非常に興味を持っていたのです。そんな風景を楽しみながら、いつも夢を描いて希望を持っているアイでした。けれど楽しくしていると、いつも邪魔が入ってしまうのです。弟の敬一がアイのそばへ駆け寄ってきて、機嫌が悪かったのか、わずかばかりのタンポポの花を棒で叩きちぎってしまったのです。アイは悲しくなって泣きながらやめるように言ったけれども、反抗期になっていた敬一はやめるどころか、なお面白がって続けたのです。
アイは非常に腹が立って、敬一と喧嘩をしてしまいました。
「やめろって言うのに馬鹿たれ。くそったれ。寝小便垂れ!」
アイに嫌なことを言われ敬一は悔しくて泣きながら父親のところへ飛んでいきました。父省吾にとって、敬一はかわいい一粒種で、なさに仲のアイが少し憎かったかもしれません。省吾は目をギラギラ光らせ、拳を震わせ怒ってきました。今にも殴り飛ばしそうな剣幕でとなってきたのです。アイはとても怖くて逃げ出したかったけれども、動けないので、その場でしっかり目を閉じたまま、お地蔵様のようになっていました。
「こらぁ、寝小便こきがあるか!敬一が寝小便こきなら我はなんだぁ!飯ばか食らいやがって何もしやがらねくせに何を言うだ!」
子供の喧嘩ぐらいで父親がムキになって怒る必要があったのか、このときアイは母親にすがって思いっきり泣きたい気持ちでした。アイはそんな騒ぎを聞いて驚いたのです。
省吾はこのときとばかりにアイを憎々しげに、まつ江に向かって嫌味を言いました。
「この馬鹿アマめえ!てめえのガキだけのことはあるわ」
まつ江は悔しさで、アイにあたり、イジイジしながら、アイの肩を揺すって泣きました。
「アイ、お前は馬鹿だになんてことを言うズラ、馬鹿!かあちゃんの身になってみろ、本当に馬鹿で馬鹿でどうするズラ」
まつ江は自分の立場がないように言っていたけれど、泣いていました。
アイはないものねだりをして母親に抱きしめられて思いっきり泣きたかったのです。兄弟なのになぜ自分だけがつらい思いをしたり、嫌な思いをしなければならないのか。まだ11歳のアイにはわかるはずもなく、泣きました。
「神様ってひどいや、神様なんているもんか。
みんな歩けるのに、なんで私だけが歩けないんだ何故なんだ。悪いことなんかしてないのに何故なんだかあちゃんの馬鹿!」
アイは泣いて泣いて泣き喚いてどうしようもなく母親にぶつかっていました。
まつ江は泥まみれのアイを抱いて、祖母ミツのところへ連れて行き、まつ江は省吾と子供たちの喧嘩の経緯を聞いて、話して聞かせました。
どうしようもない様子でミツは、目に涙を光らせて笑いを浮かべていました。
たんぽぽはなぁ、根の強いものだからなまたすぐに咲くわさ!アイ、タンポポのようにな、根性のある人間にならにゃ駄目なんだぞ!」
アイが強くなるために、ミツは少し厳しい目つきで言い聞かせました。アイはそんなことを聞かされてもわからないので、一生懸命首をかしげていました。
根っこの強いもの、タンポポには根っこがあるけれど、なんだろう、人間には根っこがないばあちゃん人間の根っこはなんだい。
祖母は笑い出してしまい、最もだというように教えてくれたのです。
「根性だわさ、辛抱強さとど根性だ、アイもど根性で頑張れよ!」
いきなり辛抱強さだのど根性だのと聞かされても、いくら考えてもアイには理解ができませんでした。とにかくアイは思う存分勉強したくて、敬一の使った教科書を全て読みました。
敬一が学校の図書から借りてくる本を代わりに読んで敬一に感想を教えていました。おかげでアイはたくさんの本を読ませてもらい、それが敬一のためにも良かったのです。働くことが好きなアイは、自己流で絵を書いたり、人形を作ったりしていました。そして家に来る人たちがアイの作品を見てとても感心してくれました。そして月日が経って、昭和36年頃から福祉行政が大幅に行われて、福祉制度や福祉施設の完成など、周りの人や福祉事務所の人たちがアイを心配して家まで訪ねてきました。祖母ミツは、家庭内の状況やアイの心境を話すと、福祉事務所では、アイのことや家の事情を全てわかっていて、福祉施設への入所をすすめてくれたのです。アイは子供ながらにこんなつらいところから逃げ出したいと思っていました。しかし、いざとなれば家族と離れ離れになることはアイにとってとても寂しいことでした。
石崎アイ 〜 生い立ち 5 〜
「アイの夢の世界」
「ばあちゃん、昔話をしてくれる?」
「アイ、太陽姫みたいな子になるだよ」
アイは昔話に出てくる素晴らしいお姫様を演じて、夢を現実にしていました。
「だってさあ、太陽姫はばあちゃんと2人きりでしょう?(太陽姫と大蛇のお話)」
「アイもばあちゃんと?」
「アイはかあちゃんといるんだよ」
祖母は眠りから覚めたように笑い出し、昔話を始めるのでした。
「ああ、そうだとも。アイは強い子だ。お前は賢い子だ。本当にわがままな爺様だったなあ」
どっこいしょ、一息ついてから、善治郎を思い出すかのようにつぶやきながら起き上がって、祖母ミツはアイのおかげで、元気を取り戻したようでした。
「昔な、ある女の子のところにな。エラーい王子が現れてな・・・」
アイは祖母の語ってくれるいろいろな昔話が大好きで唯一の楽しみでした。
そして昭和29年9月にまた女の子が生まれて、アイに妹ができたのです。
「お前は姉ちゃんになったんだ、いいな、わがまま言うじゃねだぞ、わかったな!」
3人兄弟になったアイはわがままから我慢に変えられてしまったのです。
アイは祖母が聞かせてくれる昔話に出てくる物語の主人公肉の気分になったり、幼いアイは自分のために母親が真剣に祈っている姿に不思議と何かを感じ、子供ながらに知恵が回り、アイに笑顔が浮かぶようになりました。
「かあちゃん、アイ、歩けるように拝むの?アイ歩けるようになるよね?」
まつ江も優しい心で目に涙しながらアイを抱きしめました。
そしてアイはますます元気になり、明るい子になって感謝を表せるようになったのです。
母親の愛情が、親子のスキンシップが、子供にとってはどれほど必要で大切か。
そして、昭和35年頃、福祉事務所からアイに車椅子が支給されてきました。
当時の車椅子は鉄のパイプでできていたので、音も大きく重さがありました。アイは最初、車椅子に乗せられると、とても怖くて体が硬直してしまいました。
弟の敬一はまだ6歳だったけれど、車椅子に興味を持ってしまったのです。
敬一は身体が小さいけれど、アイを車椅子に乗せて一生懸命押してくれました。
石崎アイ 〜 生い立ち 4 〜
まだ5歳のアイには理解は無理なことで、ただ唖然として聞いていたけれど、だんだん苦しくなってしまい、怯えて泣き出してしまいました。
アイはバスタオルにくるまったまま、父親のそばへ連れて行かれたのです。
そして母松江の言葉がどれだけアイの心の衝撃になったことか、目にいっぱい涙をため、母親の血顔と父親の顔を見つめていただけでした。
省吾は黙って新聞を見ていたけれど、まつ江の言葉を聞いていてどう思ったのか、その後アイは、とにかく母まつ江の言葉が大嫌いになってしまったのです。
アイは母親の言葉を聞いてから父親に変な気遣いを覚えてしまい、オシッコしたいときでも、父親に素直に言えなくなって、我慢をするようになってしまいました。
そしてアイは父親に甘えたり、欲しいものをねだることができなくなってしまったのです。
アイは両親に言いたい言葉もスムーズに言えなくなってしまいました。
父省吾は、アイの心を何とかほぐそうといろいろやってみたけれど駄目でした。
アイの心はだんだん下がっていくばかりで、父親が世話をしてやろうとしても良いと断るようになってしまったのです。